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若かりし日の話

誇張

学生の頃

何年も何年も昔の話。学生だった頃。それは卒業論文の発表会。

聴講者としてその場にいた。自分だけは特別に招待されていた。だから、なにか自分が特別なんだという思いに拍車がかかったのだと思う。

周りと同じようにただ聴講しているだけだったら、それは周りにいる大多数と同じ。そういう意識があった。

だからあの時、論文の発表内容に、小さな穴、本筋には関係ない、小さな小さな歪みを見つけて、質問の時間にこれみよがしに指摘した。相手が回答に窮したところをさらに突いた。

勝ち誇った気分だった。でも、後味は悪かった。自分は正しいことをしたのになあ、なんでだろう、と。そういえばそれについて、近くで聞いていた教授に怒られることも特になかった。

社会人の話

何年も昔の話。社会人になったばかりの頃。それはコンサルテーション、要は提案活動の研修の発表会。

聴講者としてその場にいた。会社の社長という気持ちで話を聞くように、という役割設定だった。

一斉棚卸しに時間がかかりすぎるので、循環棚卸しを取り入れることによって業務を改善するという提案。

罠を仕掛けていた猟師の気分だった。ふふふ、まんまとかかったな、と。循環棚卸しは、監査上、実在性や評価の妥当性にリスクがあるから許されないんだ、今回の設定は上場企業だったはず、これでは通らないぞ、なんて思ったんだったかな。

颯爽と、そして社長風に、その内容を指摘した。ちなみに、監査のかの字も知らないし仕事に関係もほとんどない職場。なんとも言えない沈黙が流れた。まったく、変わっていなかったね。

もちろん、誰にも怒られることはなかったよ。

大きく見せたいのは不安だからか

歳を経ると、自分が実態よりも大きく評価されることは、自分にとってリスクだと気付く。もちろん、チャンスも含まれるんだけど、でも、懸念点が多いから、事情がない限りは避けるのが平均的で安定的な振る舞い。

後味の悪い思いをしても、同じことを繰り返して、自分を大きく見せようとして、結果的に自身の価値を貶めている、というのは残念だなと、今でも思い出すたびにくらくらする。

人より早く、頭一つでも飛び抜けたくて、そんなふうに振舞っていたのかなと思う。やってることは逆なんだけどね〜。

プラスのフィードバック、マイナスのフィードバック。適したタイミングと伝え方はちゃんとある。

卒業論文の発表会のお知らせ。OB/OGのみなさま、ぜひお越しください。

次に行くときは、後味悪くならないように、気持ちよく追われるように、良いフィードバックができるだろうか。こうやって、過去を取り返すしかないんだね。

突然来た招待に、気持ちを引っ張られた夜でした。今日はここまで。おしまい。

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