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選択的無知と選択を正しくすること

はろー。

やっと、昼の時間帯は窓を開けていてもそれほど寒くなくなってきた。空気が入れ換わると心地いい。花粉の季節到来よろしく、目が痒くなってます。

最近読んだ本の話。

DeNA創業者の南場さんが書いた『不格好経営』の中で、「正しい選択をすることはもちろん重要だけれど、それと同じくらい『選んだその選択を正しくすること』も重要」っていう話が。

選択をするまでは、うーって考えて、できる限り良い選択肢を採ることが大事だけど、選んだらもう選んだことは変えられないから、その選んだことを所与として、如何にそれを肯定的な結論に導くか、っていう。

この話は、事業を回す上で、っていう前置きがあったから、人生についてとかそういう背景で述べてはいないんだけど、とても好きな考え方だった。

(ちなみに、脱線ながら、DeNAの選考は受けたことがあって、入社も真面目に検討した時期がありました)

打って変わって、エンジニアが読む書籍なんだけど、『APIデザインの極意』という書籍の中で、「選択的無知」という言葉が出てきた。これは、知らなくていいことを知らないでいられたらそれが一番だよね、っていう要旨。

知らなくてもいいって思えたことまで首突っ込んで消耗したりせずに、何を知り、何を知らないか、区分けしながらうまくやった方が、効率的で他にもっとやるべきことに時間を当てられるよね、って。

この話も、エンジニア向けにプログラムを公開するにあたっての話の文脈で出てきているから、人生に援用する話の意図ではないけど。

ああ、そうそう、こういうの好きだった、って思わせてもらえた2冊。

振り返ると、新卒入社にあたって面接を受けたときに、南場さんの出していたような話は実はしていたなと思った。どういう質問だったかは忘れたけれど、確か「相手と議論になったときのあなたのスタンスを聞かせてください」といったような話だった気がする。

そこで当時、何かの記事を見て共感した話を持ち出した。その話は、インド人の議論時の振る舞いとして紹介されていたものだった気がするけど、自分がある意見を持っていて、しかし議論の末に相手の意見の方が正しいと思えたら、その瞬間からその相手の意見を自分の意見として扱うんだっていう話。

自分の意見をコロコロ変えるな、と現実的には言われてしまいそうだけど、この考え、凄く有用だと思っていて。相手の意見を採用した、というスタンスと、相手の意見だったものが自分の意見になった、というスタンスでは、その意見を前提にその後何かを進めていくときの振る舞いが大きく異なると思うんだよね。

例を上げれば、その意見に沿って進めて頓挫した時、「ほら、だからあのとき言ったじゃん〜」となるのか、「どうしたらいいんだろう、解決しよう」となるのか、の初動反応が違うかなというか。

相手の意見だったから避難する節も、自分の意見となれば、それを前提に、どう肯定的な結論に導くかを考えるしかないんだよね。

昔も今も、考え方としてある種の一貫性を保てていたことに気付けて嬉しい。笑

とまあ、選択という語にまつわる面白い書籍に出会えた話でしたとさ。

今日はここまで。おしまい。=^._.^=

 

 

不格好経営―チームDeNAの挑戦
南場 智子
日本経済新聞出版社
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