風が吹いたらすぐ倒れそうな

 ただいま。
今さっき帰宅。
今日は決定的にまずい日だったので、ちょっとあれな内容だけど、
一応自分のために記録しておくことにする。

今日、多分今まで生きてきた中で一番、死にたいと思う日だった。
なにかがあったわけじゃない。
ただ、昨日友達がちょっともやもやしてたのが伝染したり、
同じく昨日、生きる上での糧にしてた、支えだった人と離別した話をしたり、
今日、仲の良い同僚に俺の考え方・生き方について色々と言われたり、
別に、どれもいつものことなんだと思う。
だけど、不意に、ほんっとに不意になんだけど、もういいんじゃないかとか。

結論から言って、まだ死なないです。
なぜって、俺のことをひどく大事にしているじいちゃんとばあちゃんに悪いから。
本当に、今は生きる理由なんてそんなもん。

仲良くしてくれる友達はいる。
決して多くはないけど、十分に。
だけどね、そういうことじゃなくて。

例えば彼には兄貴や母親が、
あの子には将来このままいけば結婚する彼と仲良しの家族が。
その他大勢以下同様。
まず絶対に外せない大事な人がいて、
その次に、絶対ではないけど大事な人がいて。
友達っていうのは、その後者だと思うの。

そして、残念だけどそれは代替可能で。
勿論仲の良い誰かがいなくなったら悲しい。
だけど、だけど、一時的に悲しいとしても、
それでも多分忘れてって、生きていける。

その人が生きていく上で本当に、深刻な影響を与える、
そういう人がいるかってこと。

俺は、元々、生きる目的なんてないと思っていて。
生きているから生きている、っていうかさ。
だけど、理性があって、そのうちにどうにか生きる理由見つけて。
それが、誰かのために生きるというか。

で、少なくとも今俺は、そういう存在がいない。
一方で俺のことをそう思っている人はいるかな、って考えると、
多分だけど、ばあちゃんくらいかな、って。

母は勿論もうあれだし、
父だって別家庭で楽しくやってる。
でも、ばあちゃんは、俺を通して母を見ているから、
俺がいなくなったら、凄く悲しむだろうなって。
だけど、他の人は‥‥‥。

悲しまないことはないと思う。
何日かの間は悼んでくれると思うし、何年経っても
時々は思い出してくれると思う。
だけど、あくまで生活の中心にない存在が消えるだけだから‥。

唯一無二で必要とされなければ、
代替可能なんだよ。別に、俺じゃなくていい。
そしたらなんかね、いいかなもう、ってさ。よくわかんないよねほんと。

エリクソン発達心理学で、発達段階の成人前期に
親密性 対 孤独、っていうのがあるんだけど、
あー俺は、これで失敗してしまったのだろうなあって。

高校の頃から、別れた彼女のこと、ずーーーーっと引き摺ってて。
違う子と付き合ってもずっとずっと変わらなくて。
それを何人か繰り返した後に付き合った子と共に過ごすこと2年半‥‥
やっと、その高校の頃の思いを越えた、あの子と比べなくても
俺はこの子を好きだと思える、ってそんなときが来て
遂に克服かなって思った、し、多分それがまたとない最後のチャンスだったと思う。

だけど、もうこればっかりは仕方ないんだけど、
そこに追い打ちのように、婚約破棄に至って、
やっと立ち直ったところを蹴飛ばされたような、そんなあれで。

もうそれでどうしろと、どこに望みを持てと、
やっぱりそう思ってしまうよね。
同僚は、この考えを直した方がいいと、そう言っているけど。
(というか、それを言われて改めて考えて、結局なにかが弾けてしまった感じ)

生きる理由はもう、そう多くはないというか、
失うものはほとんどないから、
とりあえず、ばあちゃんが死ぬまでは頑張って生きようかなって。
働く理由なんて、楽しいこと探すためと、生きるため、それだけだよ。

40、50過ぎて独身で頑張っていきてるおっさんは凄いなって思う。
会社でこき使われて、邪険に扱われて、きもがられて、
家族も死に、自分を唯一無二の存在として必要としてくれる人も久しくて。
それでもまだ生きてるんだもんなって。
俺にはきっと、それは出来そうにないなあ。


自ら命を絶った彼は、
どんな思いだったのかな、って
思いを馳せていたよ。

まだ彼と同じ道にすぐには飛び込む気になれない。
まだ生きなくちゃいけないという使命感と、あとは、ちょっとの怯えで。
だけど、時々、本当に時々だけど、
彼が羨ましく思ってしまうな。
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