轍を踏む

 はろー。
なんだか春って感じになってきたね!
週明けあたりからは暖かくなるとか。

彼がいなくなってから1週間が経って、
これを機に、家に足りないものを次々と買い足して、
すっかりいい具合になったような。
土曜日には掃除機かけたり、玄関の掃き掃除なんかして、
あー気持ちいいなあってなった。
そんで、なんで彼がいたときにそれが自分でできなかったんだろうなあ、と。

振り返れば、誰かと住むのは3回目で、
その内の2回は、今回のように、相手方に大きな負担を結果的に強いた。
(そして2人とも、それほど苦なく、或いは苦を露わにせずにやってくれるタイプだった)

残りの1回は、家事については比較的どうしようもないタイプの人で、
これは、↑のケースとは逆に、俺が自ら負担を背負い込む形になった。
(極端に言えば、だけど)

これは俺の性格・性質の問題なのか、
それとも、誰かと住むっていうのはこういうことなのか、はわからないんだけど、
どうしても極端になってしまうというか。

自分の仕事か、そうでないか、で見てしまうんだよね。
だから、自分の仕事じゃない、と認識してしまったら、
気が向いたときに手伝うことはあっても、
自らイニシアチブをとっていこうとはしない‥。

逆もしかりで、相手がやらないなって思ったら、
やらないことに初めはイラッとするんだけど、
そのうち、「自分の仕事」だってみなすことによって、
相手がやるのなんて待たずに自分で進めていってしまう。

こういうの、うまくバランスとれている人たちっているのだろうか。
まー、俺の場合は、それこそ相手も俺と同じで、
自分の仕事、相手の仕事って割り切るタイプなら、
事前にそれぞれ決めきってしまえばいいと思うんだけどね、、。

こういうこと考えると、あーこれから先、
やっぱり一人でいるのがいいんだろうかね、と改めて思うね。
ここのところ、こうやって、
日常の小さな事の積み重ねから、一生を一人で生きる覚悟のようなもの築いて、
それから、家族を持つことへの期待・望みを薄めていっていることが多いな。

期待と実績の乖離が少なければ、当然負う痛みも少なくて済む、っていうのは
昔からの持論だから、その通り動いて、
乖離がなくなったときには、決心がついて、ってなもんなんだろうなあ。

今日はこの辺で。
Bye.
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