「しない」と「できない」

 はろー。
久しぶりの休日だよ~
なのになんだか気持ちが晴れなくてもったいないような。

不意に、自分の人付き合いの悪さについて考えてた。
多くの人が何故か、オプトアウト方式の人付き合いというか、
沢山の人と繋がるが勝ち、大きいことはいいことだってなもんで
やたらと繋がりたがる印象で。

一方自分は、オプトイン方式、つまり自分の中で
こいつとは友達付き合いしよう、みたいに決めた人としか付き合わない形を取ってて。

時々辛いな、って思うのが
オプトアウト方式での人付き合いが目指すべきもの、あるべき姿、
なんて認識をしている人が多い(っていう印象)っていうこと。
だから、俺の考え方をネガティブというかマイナスに捉える向きが多くてなんとも。

ただ、自分の根底には、裏切られたくないし、っていうものがあって。
そもそも裏切りって、自分が相手に期待をしていて
且つ相手がその期待を知っていると思った状態で相手が期待通りに動かなかったとき
その状態を大体指していると思うんだよね。

だから、期待された相手側からすればたまったもんじゃなくて、
勝手に期待されて勝手に裏切り扱いされる、というか。
それで変に評価損立てられるなんてやってられないよね。

で、個人的に嫌なのが、期待して良いのかどうかがわからないような状態。
そんな状態じゃ、期待すれば結果によって裏切られたと思ってしまうこともあるし、
信頼がおけないし、なによりとても危うい関係性だと思う。

結局、お互いが、相手の期待していることをわかる状態にあって、
且つ、その期待にお互いが応える用意があるような、そういう状態になれば
裏切りはまず起きないし、信頼出来ると思うの。

でも、その期待している状態がわかったり、応える用意をしたりすることは
その相手の人数が増えれば増えるほど、どうしたって当然に難しくなるわけで。
だからこそ、オプトイン方式をとって、人を選ぶ、っていうさ。

一応勘違いされたくないから書くと、
仕事上の関係性では、一定のオプトインを自分で選んだ人以外については、
だから仕事を頼まない、とか、一切接しない、じゃなくて
あくまで仕事上の付き合い方(e.g. 頼みごとは書面に残す)をするってこと。
基本的に口約束じゃなくて、すべてしっかり握る。
握ったものは確実にこなしてもらうし、それ以外は期待もしないし
それに応えるつもりも、ない、っていうのかな。

こんな考えが頭をめぐった後に、自分に問いかけたのが
「オプトアウト方式(不特定多数の人と仲良く)はしないのか?」
それとも
「オプトアウト方式は出来ないのか?」
どっちなんだろう、って。

で、ちょっと考えたら割とあっさり答えは出て、どっちもだな、って。
全部じゃないだろうけど、「しない」と「できない」って実は
そんなに違いがないどころか、全く同じことも多々あるんだろうなって。

一般的に、
しない=意図的、選択的、主観的
できない=状況的(能力的)、強制的、客観的
な感じ、だと思うんだよね。

だけど、例えば俺の例だと、
オプトアウト方式にしない、って確かに選択をしているけれど、
なぜその選択をしているかといえば、自分の考え(所謂俺ルール)にそぐわないからで、
じゃあ、その考えをすぐに変えれるかといえば
変えれない(変えれるならもう変えてるでしょ‥)わけで。
変えれないってこと、それ即ちできない、だよな、なんて。

逆もまた然りで、
オプトアウト方式にできない、っていうのは自分の考えを前提にした上で
その考えにそぐわないからで、上の通り、それは結局変えれないわけで。
だけど、その自分の考え方に従うことを選択しているのも間違いなくて、
自分の考え方に従えば結果がどうなるかをわかった上でそれを選択しているなら、
(勿論、そこまで考えていない人もいるだろうけど、それは今回はおいといて)
それはしない、だよな、って。

ただ、仮にしない≒できない、だとしても
ニュアンスはやっぱりちょっと違うとは思う。
たとえ自分が「しない」って思っていても、敢えて「できない」って伝えることで
相手の不快指数の上昇っていうのかな、それを抑えることが出来るというか。

こういうの、書くと自分の中では少しは整理できるけど、
書きながら整理してるせいで、文章は凄くぐだぐだしてしまうね。
ここはそれが許される場、ということにしよう。
ほら、納得。さすが俺ルール。

今日はこの辺で。
Bye.
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