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鏡の中の

 ちゃおー。
昨日は、大学に入った当初一緒に会計士試験に励んでいたメンバでの新年会でした!
あのメンバで集まることができるのも、恐らくは最後‥。
やっぱり合わないな、って思うやつもいたけど、それでも全体としてみれば、
とても楽しい会ということだった、かな。

そのメンバの中に一人、俺と鏡映しのような存在の彼がいる。
これまでの遍歴、性格、考え方...色々なところで余りに似通っている、
それが僕ら。

二次会の中で彼が雄弁に語っていた彼とその彼女との関係性...
なんだ、結局また似てるのかともう驚くというかなんというか。
彼もやっぱり弁が立つところがあって、だからこそ、
自己擁護の為に論理を展開する。

表向きには互恵関係を築けているように見せているけれど、
良く聞いていればその内実は、微妙だけど、異なる。
互恵関係は、自分の利益にも、相手の利益にもなるということで
彼のは(そして俺のは)、自分の利益になる上で、相手の利益にもなる、というか。
ベン図で書けばわかりやすいんだろうけど、
相手の利益が自分の利益に包含させてるんだよね。
どう転んでも自分が損しないように。

自分を客観視したらこうなんだな、って凄く思った。
筋は通っているように見えたし、間違っていないように聞こえたもの。
これは、彼を責めているんじゃなくて、まさにそこに相似性を見たということ。
どうしても、弁が立てば、それを自己擁護の為に使うようになってしまうよね。
良くも悪くもというか、仕方がないけど、これでいいのか、
きっと彼も時々そう考えるんだろうな、でも、それが自分にとって最善で
少なくとも現状では相手も損をしないという意味で最適だから、
変える必要性も認識されないんだろうな、って。

市川拓司さんの小説に『VOICE』と『Separationーきみが還る場所』って
いうのがある。
昨日のやり取りを思い出して不意に読み直したくなったのだけれど、
確かどっちも大筋は同じ話なんだ。
ただ、ある箇所で選択が異なって、その結果、そこから派生する話も変わって、
最終的に行きつく結末も変わる。
(記憶ではどっちかがHappy End, どっちかがBad Endだったような)

なんか、彼と俺みたいだな、なんて。
根本は同じだけれど、育った場所、出会った人、下した選択、
その積み重ねが二人の間に差を生む。

そんなこと考えてたら、初めて読んだ当時とはまた違ったことを
読み終えたときに思うんだろうな、なんて。

「現実は小説より奇なり」って言うけれど、
小説のような現実、というのも面白いね。

「余りに綺麗な水の下では魚も生きられないぜ」
彼が別れ際に俺に伝えた言葉。
これは「水漬ければ魚棲まず」という故事のことを指していると思うんだ。
出典の「漢書」「宋名臣言行録」によれば、
「水至って清ければ、則ち魚なし。人至って察なれば則ち徒なし」
となっています。
つまりあまりきれいな水には魚が住めないし、潔白すぎて、
他人をとがめだてするような人は、仲間がなくなると述べています。
故事百選
多くの人が、「お前ならなんだかんだ大丈夫」と言った類のことしか言わない中、
やっぱり彼は良く分かっているな、って思った。
今年一年、いやこれからの人生における訓戒になるかもしれないね。

俺の好きな言葉で言えば「過ぎたるは及ばざるが如し」。
胸に刻んで日々過ごしたいね。

今日はこの辺で。
Bye.
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