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弱さかもしれない

 はろー。
朝は本当に寒くなって、辛い季節になったなあ、と感じるように。
そろそろ、起きる頃合いを見計らってエアコンをかけるべきかもしれない。

ここのところ、森博嗣の作品を読み直しているのだけれど、やっぱり、良いね。
読み終えてから、自分のWeb本棚を見て、初めて読み終えた時期を知ったとき、ふとあることにも気がついた。
それは、自分の哲学的な考え方に(さらに)拍車をかけたのも、この森博嗣のシリーズだったな、と。

勿論、そのせいにするわけでもなく、それが悪い結果をもたらしたと考えているわけでもなく、ただ、その一助となった、と思うそれだけのことなのだけれど。
そこが自身の、理論の上で実践する人間となるか、実践の上で理論をなす人間となるかの分岐点で大きく舵を切ることになったポイントなんだろうな、とも。

加えて言えば、思うに、理系に対する漠然とした憧れも森博嗣のシリーズから来てるんじゃないかとすら思ってる。
その結果、コンピュータをかじるようにもなったし、数学への関心も高まった。
多少偏屈で、理解者が少なく、自分の世界に閉じこもりがちでも、いいのではないか、ともね。
とはいっても、現実の自分は小説の中の人ほど切れ者ではないし、当然のことながら、これに限らず、誰かのようになろうなんて愚かしいことなのだけれど。

今朝読み終えた巻で、「人間の最も弱い部分は、人に好かれようとする心だ」っていう一節があった。
今もずっと、その言葉がリフレインしてる。初めて聞く(読む)言葉ではないのにね。
思ったように人と仲良くなることが出来ない自分、そんな自分を時々寂しく思ったり、悲しく思ったりしてしまう。
そういう自分の経験を振り返ると、もしかすると言い得て妙なのかも、なんてね。

さっき食事をした牛丼屋で、一人の青年がずっとひとりごちていた。いや、なんだろう。適切な表現が浮かばないけれど、「誰か」に話しかけていた。
BGMに合わせて歌い始め、それと共に、他人の反応を見る。ひたすらに駄洒落を言う。
障がいのある人なのかもしれない、と思い、又、奇怪な行動をする度に反応をすると喜ばせてエスカレートさせてしまうかもしれない、と考えて一切反応せずに過ごした。周りの客もどう考えたかはわからないけど、反応は同様。

そのまま食事を終えて店を後にし、家路につきながら考える。
彼は本当に障がいがあるのだろうか。彼はあまりに言葉が流暢であり、又、周りの反応を見る冷静さも兼ね備えていた。
(「この白けた空気は悲しいな、よし、もっと面白い駄洒落を言おう」と言ったり。勿論、障がい者を全て一緒くたに考えることは出来ないから、本当に判断することは出来ないのだけれど。‥そもそも障がい者の定義は‥‥?)

そこで不意に思ったのは、「彼は人に好かれることを放棄しているのでは」ということ。
はみ出し者を許容しない社会のアンチテーゼに彼はなろうと挑戦していたのかもしれない。
(考え過ぎか‥)

人に好かれること、これによって行動は大きく制限される。
その意味で彼は自由だった。
彼のような存在。そういうものを許容できる、少なくとも、そういった自由さは失いたくないものだな、と感じた夜だったな。

今日は少し違う調子になったけれど、そんなところで。

Bye.
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