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懐かしのあの

 Ciao!

つい最近自分の中で重要な意思決定をして、それは確実に長期的には自分の為であるのだけれど、短期的には必ずしもそうとは言えない、そんな内容で。
しかも、自分の中だけで終わる話ではなくて、第三者を傷つけたりすることもある、そんなことだから、凄くもやもやしていて。
そのことについて考えると、勉強どころじゃなくなっちゃうってのもあって‥

だから、FF V買いました\(^^)/
(ゲームかよ、ってねw意思決定を実際に行動に移したら内容は書こうと思ってます)

で、ここからゲームの話。笑
FF Vと言えば、SFC, PS, DSで出てるゲームで、元々の発売は1992年‥今みたいに綺麗なグラフィックとか全然なくて、音とかストーリとかもやっぱり伝統的なRPGのそれなんだ。
ただ懐かしいから良い、ということではなくて、複雑すぎないところがとってもいいなーって。

それに難易度とかもきちんと計算がされていて、例えば最初のボスは、所謂「たたかう」を連打してれば倒せるんだけど、倒した時の主人公たちのHPはあと一撃で死んでしまう‥っていうくらい。
何度もテストプレイして調整したのかな、なんて不意に思ってしまった。
他にも、ここはこういう変数の扱い方で処理してるのかな、とかも思ったりして‥プログラミングをある程度かじると、ゲームに対する見方も変わるね!ゲーム作ってる人、凄いよ!!

最近のゲームはゲームの進め方として煩わしい思いをさせられる(e.g. このイベントでは名に使えばいいんだよ‥!)のではなくて、キャラクタの成長具合とかアイテムのコンプリートみたいな要素、それとメインロードはやけに簡単すぎるのに、ちょっと小路を行くと逆に難しすぎる‥と言ったような、あの「過ぎる」感じで煩わしく感じさせられる。

純粋にゲームを楽しみたいって思う一方で、そういった複雑な要素を考えた上で少しでも良くキャラクタを成長させたい、みたいな気持ちがその煩わしさに挑戦させる‥
けど、ふと我に返った時に、あれ?俺、なにやってんだっけ‥‥ってなる。
(ポケモンとかまさにそれだった!努力値が云々‥ああ、コイキングをあと10匹倒さなきゃ‥‥って)

そういう意味で、懐かしのゲームは、「こういう風にゲームを進めて、ここまでやればクリアできるようにしよう」っていうのが綿密に練られた上で作られてる気がして、それが凄く適度な難易度を生み出してるような!

アメリカに習ってか、豊かな国の性分なのか、わからないけど、なにせゲームに限らず選択肢が多すぎる。
数ヶ月前に読んだ "The Paradox of Choice" という本(洋書だけどそれなりに読みやすかったよ!ちなみにTEDに、この本を書いてる人が講演もある)は俺のお気に入りの内の一冊だけど、これの副題は "Why More is Less"。

多ければ多いほど良い、そうすれば自分にぴったりの一つが見つかる。
そういう風に思っている人、結構多い気がするんだけど、そのせいで期待値が必要以上に上がって満足度が下がったり、多すぎて選べなくなったり、そういうこともあるから、多ければ多いほど良い、というわけではないんだよ、っていうのが内容なのね。

まさにそれで、"It's up to you!"(あなた次第です!)ってなんでも言ってくれるのは結構だけど、それってある種投げやりで、「ほら、選択肢を与えてあげたでしょ?あなたは選べたんです。なのに選ばなかったんです‥」なんて責任の転嫁がされてるような気がしてならないよ。

話を戻すけど、ゲームは今、本当にやたら多い選択肢、楽しみ方を提供してると思うんだ。
でも、色々な選択肢が目に入って、それが全て試せるとすれば、どうしたってそれを試したいと思ってしまうもんじゃないかな!
そう考えると、もう少し的を絞ってもいいんじゃないかな、なんて。

勿論、的を絞り過ぎると、今度は対象者がニッチ過ぎて売上に繋がらず、結果的に開発コストをpayしない状況になるっていうのもわかるんだけれどね。
ジレンマだね、難しい問題だ。

今日はそんなところ。
ゲームから不意に真面目な話に飛んでしまったw(こんな予定じゃなかった)
俺らしいと言えば俺らしいけど!
ゲームした分、勉強頑張らねば;-)

よし!やるだけ!
Bye.
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