好きな物語

 Ciao!
気付けば7月最終日‥あっという間ね。

昨日は、何故か「さんかれあ」シーズン1見通してしまいました(笑)
結構好きだった、あれ。なんだか「あの花」に似てるよね、色々。

それで不意に思ったのは、2つ。
1つは、ちょっと世間的には駄目だとみられている男の子が、救いとなる女の子の存在を通して成長して、その子なしでもしっかりやっていけるようになっていく、そういう話、なんだか多いな、なんて。

イメージとしてはやっぱり、オタクという言葉から想起される人たちは、男子の中の、それもどちらかと言えば駄目なやつと烙印を押されがち(実際に駄目な人、なわけでは必ずしもないと思うのだけれどね)な人な気がする。

そういう人たちに向けての、テーゼ、としての意味もあるのかな、なんてね。
そういったところで共感を生むことが、勿論売上や継続視聴率にも繋がるし、見ている本人たちにもより良い影響を与えるような気がする。
強いて言えば、おっぱいを強調しすぎ(さんかれあは、従姉妹関連、毎回酷いw)だと思うけどね。

ともすると、うん、尚のこと対象層はまさにそこか。
こういうメッセージ性というか、一貫性というか、そういうものを感じられる作品は結構好きだ。

もう1つは、ああいった、自身の存在について考えさせられる作品が好きなのかもしれない、ということ。
あの花にしろ、さんかれあにしろ、ヒロインは本来そこに存在すべきではないと言えると思う。
それでも、目の前にいる仲間は、自分がそこにいることを望んでくれて、自分自身もそれが楽しくて。
だからこそ、凄く悩まされるし、どうしたらよいかわからなくなる、というか。

めんまにしろ、れあちゃんにしろ、限りある命で、それがずっとは続かないことがわかっていて。
ともすれば、それよりも他の人に道を譲るのが筋で。
でも、そこでふと思うのは、ずっと続かないのは、めんまやれあちゃんには限らず、命ある人間ならみんな、いつかは死ぬという意味でずっとは続かないじゃないか、って。
勿論、5年・10年・20年生存率みたいな観点からしたら話は変わってくるけど。
だとしたら、いつ死ぬかわからないし、すぐに死ぬ可能性もあるってわかってるけど、今は一先ず生きてる、そういう状態の人に援用できるはずなんだ。

例えばある種の病気の人。あのアニメの関係をそのまま当てはめたら、主人公の好きな子は、もういつ死んでもおかしくないって状態だけど生きてる。
主人公はその子の為に最善を尽くしてる。
その一方で、主人公を好きで、恐らく一緒になれば主人公を(他人から見た形で)幸せに出来るような人もいて。
みたいな、ね。

だから、このアニメのそれぞれの存在について真剣に考えることが、もしかすると、違う種の問題について考えることにつながるのかな、なんて。

自分がヒロインの立場だったら?
逆に、自分が主人公の立場だったら?
こういうの考えるのは、結構面白いな、って思う。

ただ、あの花さんかれあでは、大きな差があるようにも感じるかな。
さんかれあだと、ロングランを目指した結果なのか、1話1話で進むスピードがゆっくり過ぎのように感じるし、主人公と関わり合う人間の世界があまりに狭い気がする。
そういう意味ではあの花は1シーズンの中で十分に物語に入り込めたし、人間関係や世界観もそれなりに伝わってきて、とてもよかったな、って。
あと、歌が、あの花はとってもよかったな‥いつ聞いても、いい歌だし切ないね。

自身の存在と言えば、最近プレイしたクロノトリガーというゲームも凄く良かった。
これまでプレイした中で、1番かもしれないと思っているくらいなんだけれど、今はそこじゃなくて。
あるエンディングのシーンで、未来を救うために過去を変えた仲間がいて、でも、その過去が変わると、その仲間は未来では現れなくなってしまうんだ。
これは最早必然なんだけれど、それでも、仕方ないよ、とそれを受け入れて戦い抜いて‥
泣きはしなかったけれど、凄いな、ってジーンと来たりした。

自身の存在が周囲に、未来に与える影響、そしてそれと自身との関係性。
これについて綿密に練られたものには、滅法弱いのかもね!

今日は、わかる人にしかわからない話でなんだかごめんなさい:(
そういう日もあります(笑)

さあ、7月最終日、課題を消化&銭湯行くぞー!

よし!やるだけ!
Bye.
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