選択の自由と幸せ

 序盤にいっぱいずらっと書いていたのに、
気が付けば後半は大人しめになってました(笑)
おはようございます。

今日は、選択の自由と幸せについて。
今読んでいる、"The Paradox of choice"や『選択の科学』の影響を
多分に受けているのだけれど、
正直、自分の中ではかなりしっくり行く考え方だったり。

友達と、付き合うことや結婚することのメリット・デメリットについて
話をしていたんだ。
その中で、それらのデメリットは主に、自らの行動や関係が制限されること、
ってその友達は言っていた。

そこで不意に思ったんだ、人の生き方と幸せについて。
一昔前は、男性が大きな会社にサラリーマンとして勤めて
女性は家庭に入り夫を支え、家族のために家事に勤しんでいるのが
典型というか、ほぼ当たり前だった気がする。

それが、最近では
男女雇用機会均等であるとか、ジェンダーフリーであるとか、
そういった会社側の差別をなくして女性の社会進出を図りましょうってなって、
勤め先も大企業だけではなく、所謂ベンチャー企業に行くであるとか、
起業するであるとか、そもそも会社に属さない働き方をするであるとか‥
場所も、国内・国外、フィールドは広がって、凄く多様化していると思う。

俺は、正直言って、
昔の制限された環境下の方が幸せなんじゃないかって思ってる。
否、幸せの総量が多いというか、幸せと感じる人が多いんじゃないかと思う。

女性に着目すれば、
働くか家庭に入るか(というか、どっちかというより今は程度の問題な気もするけど)
どちらかを選べる状態だったら、
どうしたって、選んだ方とは別の方を捨てることになるから
比較してより良い方を選ぶことになる。
それぞれに良さも悪さもあって‥でも、どうにか片方を選んだとする。

その片方選んだ選択肢が、自分にとって思っていたほど良くなかった時が
本当に悲惨。
先ず、誰を責めるかって、自分。
選んだのは、紛れもなく自分自身だから。
その後はもう片方の選択肢に移し替えるか否かを検討したりといった、
選択の模索をする。

でも、もう初めから限定されていたら?
この模索にかける時間を、
選んだ(初めから限定された)選択肢の内容の改善に務めると思わない?
少し教養のある人だったら、現状が変わらないのだから
受け入れてそこを改善していこう、ってそう思うはずじゃない。
それに、自分が選んだのではなく、選ばされたのだから、
制度が悪い、って責任も転嫁出来て、精神的な平静が保たれる。

責任転嫁ってよく悪い意味で使われるけれど、
いい部分もあると思うんだ。
人のせいにすれば、少なくともその時は
自分を責めなくて済んで、
精神的にその人は幸せでいられるじゃない。

とはいえ、そんな制限された環境下の方が幸せの総量が大きいとは言っても
そうすると、どうしても、努力をしてもその制限された選択肢に
合わない人が出てくるとも思う。
そういった人たちの幸せはかなり蔑ろにされるだろうし、
その結果、そういう不満を持った人たちが徐々に集って
やがて大きな流れになって、制度はまた一から、というか。

選択肢がない環境が素晴らしい、わけではないと思う。
ただ、ある程度制限して、その中で如何に過ごすか、
より良くするにはどうするか、を考える方向にしていったらいいと思うんだよね。

とはいえ、そんな制度の設計なんて難しいというか、
やっぱり『すばらしい新世界*』の世界のようになってしまうんだろうなって。
人が人を管理するなんてやっぱり相当困難だろうし。
*‥人間の階級や生き方、思想等が全て予め管理・統制された世界を舞台にした小説。

ある程度の画一化、
仮にするとしても、例えば一国(日本だけとか)がやるだけじゃ
厳しいんだろうなって。
既にネットを介したり、直接行ったりで、見たり聞いたりする機会があるわけだから
だとすればやっぱり画一化されていない方と比べてしまうし‥。

豊富な選択肢は、やっぱり自分たちに素敵な夢を見させてくれる。
だから、短期的にはそっちの方がいいように思ってしまうのよね。
でも、叶わない夢なら見たくはないと思うのだけれど、どうだろう。

画一化なんてしたら大変だ、
他者との差別化をしないと生きていけない、っていうのは
今の人間の世の中の都合で、別に地球という環境に
それを求められているわけではないと思うんだ。
より良く生きるためのアイデアの有無と
画一的な選択肢の提示っていうのは
また別の話だと思うし、さ。

なんか話がごちゃごちゃしてきたので、この辺で。
選択と幸福、って身近な話だけれど、面白いよね。
とても考えさせられる。

今日はこの辺で!
ではでは。
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