銀色

 なんだか、年が明けたとはいっても、
辺りのお店がやってないってだけで、
普段と特に変わりはないなーって。

銀色夏生」って人のホームページを見る機会があって
そこに、片想いが自分のコンプレックスから来てる場合には
自分を見つめ直し脱コンプレックスのいい機会にしましょう、
そうすれば、気付いた時にはその片想いと共にコンプレックスは消えているはず。

のようなことが書いてあった。
なんか、あー、って感じ。
あの子に思いを寄せているのも、
自分が論理に縛られたり、限られた中で合理性を見出すことに
手一杯になってると言うコンプレックスから来てるのかもしれないなー、なんて。
わからないけど。

ただ、凄く考える機会になるのは確かだと思う。
本当に、片想いは考えるための良い機会になる。

あなた(つまり俺)はとても努力していて、余りに遠い場所にいて
私の手には届かない。

そう言われて、自分自身に問うた。
俺って本当に努力家なのか。
努力し続けているのか、努力することが好きなのか。

多分だけど、答えはNo。
確かに会計士試験は頑張った。でも、忘れない。
試験直前にはもう、燃料切れして
後はどこに不時着するか、ギリギリ届くか届かないか
そういう状態だったことを。

1次試験の直前にも燃料が切れそうになってた覚えがある。
そして、あの時、なにを原動力に踏ん張ったかも覚えている。

高校の時に、資格とかを取って社会的に独立した立場になれるように
社会に生きてく上で価値ある人になれるように
そう考えることに精一杯で、
一番近くに寄り添っていてくれた人の手を離してしまった。

それは俺にとってすれば、
その手を離すことで資格を取り大学に行けたようなもの。
失ったものは余りに大きすぎた。だから、別れたことに意味が欲しかった。
あれだけの人と別れてまであの大学に行ったのに、
それで会計士を取らないで済ませてしまったら
俺があの時に手を離してしまったことの意味はどこにあるのか。

だから、もう、頑張るしかないって思って、やったんだ。
それだけなんだ。別に勤勉になったとか、努力を惜しまないとかじゃないって。

祖父母から独立したい。
別れたことに意味を持たせたい。

そういう気持ちに対する努力だっただけ。
だから、俺自身が凄いわけじゃなくて
ただ、自分がそういう環境に身を置いていたからこそやれただけのこと。

事実、最近は凄くスピードが落ちていて
もっとやれたよなー、なんで今日もこんなにやる気ないのかなー
って思うことも多い。

あの高校時代の出来事は、
俺を司る、ルーツのようなもの。

改めて実感するいい機会には、なったよ。
次は、何の為に頑張るのかな。

ま、また。
おぴまい。
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